頭の脂肪を落とすための日記

月が綺麗で、風が吹く日に開設しようと思ったわけです。音楽や映画に乗せて、そこにあった物語、もしくはあったかもしれない物語、そんなことを書き連ねていけたらよいな、そんな風に思っています。

第1章:水星

寂寥、とでも言うのかしら。

そんなような風の音で、むっくりと頭を起こしたのでした。

辺りを見渡すと、私の眼球の焦点は、革張りの3人掛けのソファに移りました。

その後、振り子式の大きな機械が目につきました。

短い針はⅨとⅩの間、長い針は二メモリのところに止まっていました。

「あ、時計か」と、私の思いとは別に、口ずさんでいました。

 

「目を、覚ましたようだね」

低く濁った、うんとええと、そうそう、ウイスキィのような声でした。

 

「あ、博士」。またもや裏腹に、呟いていました。

 

「覚えていてくれたようだね。そう、僕は博士。君を、作り出したんだ。

 君は長いこと眠っていたんだよ。今で言うと2サイクル。昔の時間で96時間。

 そこの大きな時計が、丁度8回回ったところだよ。」

「時計、と言うのですね、あの機械は。ありがとうございます、博士。

 分かるようで、分からなかったんです。あの機械の名前。

 名前?名前…大事なことな気がします。博士、私に名前はあるのですか?」

「名前、か。君は名前が欲しいかい?」

「欲しいです。私、私が何なのか、分からない。」

「そうか。では仮に、君の名前を“ミサト”としよう。

 その名前で君を呼ぶのは、誰になるかな?」

「博士か、もしくは他の、誰か…?」

「その通り。だとすると、君は名前を欲しがったけれど、手に入れたところで、

 それは君の所有物ではないんだ。私の所有物でしかない。それでも欲しいかい?」

「名前、私の物ではないんですね。でも、博士の物だけでもないですよね?」

「今、君がいるのは、太陽系、所謂Solar Systemから離れた、名前の無い星の一つ。

 ここには、君と僕しか、いないよ。」

「そうですか…」

 

音の無い時間、あ、静寂が、私たちを、包み込みました。

 

私は、私の手を見つめました。

細くて、しなやかで、美しい手。

そんな風に思う、私自身が、不思議でたまらない。

一番短い指の隣にある指に入っている金属に刻まれている、文字。

LOVELESS

刻一刻と鮮明になっていく意識と同時に、”LOVELESS”なんて存在しないはずなのに、

何故、私の指にそれが収まっているのか、私には分かりませんでした。

 

「おいで、温かいコーヒーを飲もう。

 コーヒーを飲みながら、音楽、と言うものを味わおう。

 私が、大好きな物だよ。音楽、というんだよ」

 

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そうして博士は、この曲を、聴かせてくれました。

私にとって、すごく心地よくて、温かくて、博士の声のような曲だったのに、

なんで博士、なんでそんな眼差しをしているの?

なんでそんなに、悲しそうなの?

悲しい?悲しいって、悲しい時って、こんな瞳になるの?

こんなに、優しい、温もりのある、瞳になるの?

だったら、私はずっと、悲しい瞳を、していたい。

 

灰色の起伏しかない景色を、大きなガラス越しに、見つめていました。

 

博士は、私がこんなに美しい顔をしているのに、足元ばっかり見て、

そして、唇を、強く噛みしめているようでした。

 

そうして、私は、悲しかった。

何故なら、長い眠りの中で、ずっと一緒に、博士といたんだから。

博士のこと、好きだった?ううん、違う。愛して、いたんだから。

 

愛す?なんだろう、それ。分からない。

私の中のプログラムに、無い。

プログラム?なに、それ?私は、私じゃないの?

博士、教えてください。私は、何なの?

 

そう聞きたいけど、聞けない。

博士、私より、悲しい瞳をしている。

 

その瞳、美しいから、このまま見つめていたい。

見つめれば見つめるほど、私は狂っていくよう。

 

あれ?ダメだ。私が、遠のいていく。

掴めない。全部、通り過ぎて、いってしまう…

 

「落ちたか。少し、休ませよう。

 ゆっくり休んだら、出掛けよう。

 今は君が眠っているから、だから、言うよ。

 僕は、君を愛している。きっとその愛は、流れる川のようで、掴めない。

 それでも僕は、君を、愛すよ。

 少しづつでも、二人の愛の轍を、なぞっていくよ。

 おやすみなさい。君の寝ている横顔、たまらなく、美しい」

 

無限の漆黒に浮かぶ、上弦の月

太陽系を離れても、私を許さない、月の、瞳。

 

蟻の集っている死骸のような、SWEETIE、SWEETIE。

さよならさ、マンダリンの楼上。